今は昔、ある村での架空話(おはなし)です。20年以上も長い間入院を続けている50ぐらいの男がいました。
家族も村から離れてしまい誰も見舞いにきませんし、一緒に入院している人とあまり話すこともありません。いろいろ考えすぎて、わけわからなくなりお医者さんや看護師さんを困らせる時や、わけなく何もできなくなり寝込んでしまう時もありました。でも彼は、さみしそうな顔もみせず、また文句や不満も言いませんでした。
ある時、週に1回1時間程小さな部屋でお医者さんでない先生に会うことになりました。彼は言葉少ないながら、思っていることや考えていることを話しました。その部屋には、砂の入った大きな箱と、動物や建物や怪獣などのいろいろな玩具(おもちゃ)がおいてある棚がありました。「その玩具を箱の中において何か作ってみないかい?」と言われたので、彼は時間をかけてやってみました。何となく、牛や羊、草をおいて砂をほったり盛り上げたりして『田舎の風景』をつくりました。ちょっとさみしい感じの景色でしたが、何となく嬉しいような、ほっとしたような様子でした。
それから毎週彼は、小川や花畑、森、山に、犬や馬などいろんな動物といった、少し違うけど似たような『田舎の風景』をつくりました。「何となく楽しそうだね」と言われ、彼は恥ずかしそうに、にっこりしました。
そんな中、今は街に住んでた親が、なぜかしら、彼を引き取ることとなりました。最後まで箱の中に『田舎の風景』をつくり続けた彼は、何もなかったかのように退院し、二度とその病院に戻ってきませんでした。
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誰にも、小さい頃にいろいろな思いをして過ごした何気ないような景色が心のすみっこにあるのではないでしょうか。それが時に何となく浮かんでくることは、悪いことではないのではないのかな、と思ったりするところです。
(*「架空話?おはなし」は心の手帳15号2004年の改訂版である)